池澤夏樹ディリーコラム 
  新世紀へようこそ 038

 軍の限界


 今朝の報道によると、日本政府は、自衛隊のアメリカ
の航空母艦に燃料や水を運ぶことを諦めたようです。

 巡航ミサイル「トマホーク」や攻撃機の発進基地とな
っている空母はやはり戦闘地域と見なさざるを得ない、
と判断したのでしょう。

 ミサイルは発射されてから誘導されるのだから、発射
だけでは戦闘行為とは言えない、という中谷防衛庁長官
の説明はいかになんでも詭弁でした。補給はまさに「武
力行使との一体化」です。憲法違反です。

 それでもまだ政府は、インド洋の真ん中に中継地点を
作ってそこまで運ぶという奇策を考えているようです。
その先はアメリカ軍の船に任せ、空母に直接は供給しな
いというものですが、洋上の積み替えなどという面倒で
無意味なプランをアメリカが受け入れるとはぼくには思
えないのですが。

 この際、屁理屈を積み上げてでも自衛隊に空母への燃
料補給をさせたい、というのが政府の本音でした。前例
を作っておけば、次の機会には憲法に縛られずに勝手放
題に自衛隊を運用できる。国際問題を利用して国内問題
に抜け道を作る。
 与党内からも反対意見が出て、踏みとどまったのはよ
いことでした。

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 アフガニスタンのアメリカ軍は苦戦しています。

 戦いというものは一瞬の偶然や幸運で事態が急変する
ことがありますから、ぼくがこれを書いている今の数時
間後にビン・ラディン氏が拘束される可能性だってない
わけではないけれど、現時点では作戦はうまく行ってい
ないようです。

 テレビは勇ましい映像を流しても、実際の戦果はなか
なか上がらない。ここまでアメリカ政府と一体となって
国民の闘志を鼓舞してきたメディアからも、事態は泥沼
化しているのではないかという疑問が出はじめ、アメリ
カ政府高官はこれを否定するのに躍起です。

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 誤爆の問題も無視できません。

 加害者と被害者は例によって数字の応酬に明け暮れて
いますが、数がどうであれ誤爆は起こっています。

 今のやりかたは、オウム真理教の首魁を殺すために上
九一色村全体を爆撃しているようなものです。

 ある程度の民間人の犠牲はしかたがない、と言ってし
まったら、アメリカはテロリストと同じ地平に立つこと
になる。アメリカ人の命とアフガニスタン人の命に差を
つけることになり、正義は失われる。

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 同盟国イギリスのブレア首相は、ビン・ラディン氏を
捕らえるのは無理だから殺すしかないだろうと発言しま
した。

 これは法的にはリンチの奨励であり、現実的にはビン・
ラディン氏を殉教者に祭りあげて、イスラム圏の反発を
買い、将来に禍根を残すことでしかありません。

 捕らえるには接近戦しかないけれども、それではハイ
テクというアメリカ軍の優位は発揮できない。地の利を
得たタリバンと互角以下の勝負になる。きっと負ける。

 そこで、ミサイルなどで彼の側の護衛部隊ごと吹き飛
ばす。しかし、それでは氏の生死の確認もできないでし
ょう。ビン・ラディン氏生存の伝説が残ってしまっては
何もならない。

 リンチではなく裁判が必要なのは、リンチではアメリ
カ国民の報復欲は満足させられても、イスラム圏を含む
世界が納得しないから、つまりテロ防止の役に立たない
からです。今後も恐ろしい事件の発生におびえて暮らさ
なければならないからです。

 もしもアメリカが言うようにビン・ラディン氏が犯人
だったとしても、彼一人が悪の天才だったわけではなく、
彼はアメリカに対する広範囲な反発をまとめあげたプロ
デューサーに過ぎない。

 先進国の壮大な文明は実は悪意に対して弱い。誰がや
っているのかさえ今もって不明な炭疽菌テロも、郵便と
いう日常的な便利な制度を悪用するものでした。

 槍の穂先を叩いても、槍を握る手はずっと遠く、見え
ないところにいます。巡航ミサイルは正確にピン・ポイ
ントで目標を叩くと軍人はいいますが、同じ原理で運用
され、もっと正確でしかも効果もはるかに大きかったの
が、ボーイング767でした。

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 軍というのはまことに不器用なものです。

 鶏を割くに牛刀を用いるということがあります。相手
に対して武器が大きすぎて、振りまわしているうちに鶏
はぐちゃぐちゃになる。今回の敵は鶏よりも小さいネズ
ミです。ただし、このネズミがアメリカのアキレス腱に
噛みついたらしい。

 つまり、今の状況では軍というのは使いにくくて効果
の薄い対抗手段です。新世紀に入ってテロリストが新し
い手法と思想を開発したのに、アメリカはまだ前世紀の
冷戦当時の大艦巨砲主義から抜け出していない。多額の
予算を投入したハイテクの軍隊があればどんな敵にも勝
てると思っている。

 怒れる巨人は、戸惑う巨人になってきました。

                     ***

 このように状況を要約してみると、この際に前例を作
ってしまおうと役にも立たぬ自衛隊をインド洋に出す日
本政府の方針は愚策なのです。何の効果もないだけでな
く、テロリストの目標として名乗り出ることになる。

 アフガニスタンの一般の人々を飢餓から救うのは、実
はテロリストの足元を掘り崩すことです。彼らの活動の
根拠を奪うことです。最も現実的な対応なのです。

        (池澤夏樹 2001−11−01)

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